へ、行かねばならぬかなあ。さうだ僕も人間だ、血あり肉ある身躰だ。健康を害してはつまらんからな。だが待てよ、無一物ではやつぱり食客だ、食客もつまらんなあ。どうしやうかしらむ。いやさうじやない、艱難汝を珠にすだ。さうださうだ、これ程の艱難を下さるる僕は、よほど天帝の寵児であるに相違ない。非常な大任を負はさるべき身躰であるに相違ない。してみると僕の身躰は、なかなか麁末に扱ふ訳にはゆかないぞ。むむ、よしこれからは一ツ、忍耐といふ事を遣つてみやう。張良が履《くつ》を捧げたところだね。それでなくツちやあ事は成就しないからな。ただ困るのは黄石公だ、今の世にそんな奴が居やうかなあ。と、いづこを目的《めあて》に行くでもなく、ふらふらと赤坂離宮の裏手まで来かかりしに、背後《うしろ》より肩をソと突く者あり。
『大村、たいさう早いね。どこへ行つたんだ』
これも同じ兵子帯連ながら、大きに工面よき方と見へて。新しき紺飛白の単衣裾短かに、十重二十重に巻付けしかの白|金巾《かなきん》は、腰に小山を築出して、ただみる白き垣根のゆるぎ出たらむ如くなり。
『うむ、君か』
と大村が力なき返辞を恠しみて。
『どうしたんだ。つ
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