なら修業中のやうに、なぜ私にお任せでない』
『そ、それは任せます、もとより任せてゐるのです。だが徳は私の妹です、お父様の娘です。それがどうして、妾になんぞ遣れるもんですか』
『これは面白い、聞きませう。ではお前何かえ、私に耻をかかすんだね。かくべき耻なら、かきもしませう。なるほど私は妾上り、芸者もしたに相違ない。だが今では大村耕作の、家内で通るこの身躰を、見ン事お前はお徳の母でないといひますかえ。さあ聞きどころ聞きませう』
と詰寄する権幕の、売詞には買詞
『もとよりさうです、母でない、この一郎は最初から』
『母と思はぬこの家へ、なぜおめおめとお帰りだ』
『もちろん出ます、直ぐ出るんです』
と畳を蹴立つる一郎の、出たれば結句厄払ひと、落着き払ふ母の顔、怖々《こわごわ》ながら見ぬ振して、妹のそつと袖ひくに、一郎はふと思ひ出し。
『むむ徳、貴様も己れと一所に来い』
『あら兄さん嫌ですよ。そんなに怒るもんじやあないわ。早くお母さんにおあやまりなさいな』
『馬鹿ツ、貴様も己れの妹じやないか』
『だから兄さんもここにいらつしやいツてば』
『馬鹿ツこれが分らないか、大馬鹿の、無神経めツ』
『むし[#
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