かつて聞きたまひし事もなき、むづかしき名を数へ立てたまひての御説諭。分らぬながらにごもつともと聞かねば、その場が納まらねど、納まりかねるお胸の内。旦那殿にはこの三四年、物の恠がついたさうなと、お熱高まりし夜の囈語《うわごと》にも、この言をいひ死にに。これも間接には国事に殉したまひし憐れさを、旦那殿はかへつていひ甲斐なきものに思ひ捨てたまひ。それについてもかねてより、秘密会議の席をかねて、赤阪に囲ひ置く妾のおあか、かれは大年増の芸者上りだけに、図太いところが好個の資格と、さすがは藩閥攻撃の、旦那殿程ありて、やはり野に置け蓮花草の、古句法には※[#「てへん+勾」、第3水準1−84−72]らず。これを草莽に抜きたまひし御卓見、小子一家の内閣は、早交迭を行ひしぞと、笑談交り、真面目半分、吹聴したまふ事もありしとかや。
 さればさしづめおあかの方は、一郎が母となりし訳なれど、稚きより剛気の一郎、なかなかこれを母と呼ぶを肯《がへ》んぜず。おあかは無理にも、息子待遇にせむとするを、こなたはそれに抵抗して、母といはじの決心堅く。十三の春おあかが奥方となりし年の翌年、父に乞ひてある漢学先生の家塾住居。稀
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