の男を誰とかなすと、この人の出端だけは、堅くるしく、書かねばならぬ大村一郎。ついでながらその身の上のあらましを記すべし。
一郎が父耕作といふは、かつても彼がいひし通り、宮城にては、隠れなき旧家の大地主。その分をだに守りなば、多額納税の、数にも入るべき身上なりしに、小才覚ありて素封家には、似合はしからぬ気力ありしが、その身の禍、明治も廿、廿一の、政海の高潮四海に漲りて、大同団結の大風呂敷、ふわりと志士を包みし中に、捲き込まれての馴れぬ船出、乗合とてはいづれを見ても、某々の有力家、その来往を新聞に、特書せらるるほどの国士ながら、金力には欠乏を感ずる饑虎の羊となりて、耕作が前にはやつちややつちや、下へは置かぬ待遇方《もてなしかた》。某の伯爵殿の前にも政客の、上坐を占むる客将の楽しさ、なかなか小作の与茂作や太五兵衛に、旦那旦那と敬はるる類にあらずと。一足飛びのゑらもの[#「ゑらもの」に傍点]に成済ませし、嬉しさの込み上げて、それよりは東京住居、家族も芝辺に引取りて、やれ何倶楽部の集会で候の、政社組織の準備のと、とかくに金の要る相談掛けらるるも、乃公《だいこう》ならでは夜の明けぬ、頼みある中の
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