が、やうやく今日御用に立つたといふ訳だから』
『これはきついお小言、ありやうは奥様と申すに、あまりどつとした口はないもので』
『それはいふだけお前が野暮だよ。旦那のお顔に対しても、こちらからはどこまでも、生真面目に出掛けらあね』
『いやこれは重々恐れいつたいは、こんな事にひけとらぬ中井才助、今日といふ今日、始めて一ツの学問を』
『ホホホホ馬鹿におしでない。そんな事はどうでもよいから、そこをどうぞ甘《うま》くね』
『もちろん仰せにや及ぶべきでげす。じや奥様これでお暇乞を、明日は早朝に先方へ参りまして、茶屋と日限を取極めました上、いづれ重ねて御挨拶を。随分重くろしいのが、気に入る方でございますから、当日はお嬢様極彩色でお出掛を』
と、無礼の詞も慾故には、許す母娘《おやこ》がにこにこ顔。おさうさう様といふ声も、いつになき別誂へ。小女までも心得て、直す雪駄のちやらちやらと。揃ひも揃ひし馬鹿者めと。鍵の手になりし三畳の間より、ぬつと出で来し一人の書生鼠にしては珍柄の、垢染の浴衣腕まくりして、座敷の真中にむづと坐し、罪なき皿小鉢睨め廻すは、この家に似合はぬ客人なりかし。

   その五

 そもこ
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