得にて、わざと声の調子を沈ませ。
『実に浮世でござりますな。これでもと申しては、失礼でございますが、私どもにとりましては、結構な住居でございますが、さう思召すも、御無理ではございません。あつは世が世でいらつしやいましたならば』
といふに年増は掌《て》を振りて
『もうもう、そんな時代な台辞《せりふ》で、私を泣かせておくれでない。それよりかお前この節は、たいそう景気がよいさうだから、もう幾度か歌舞伎座へ行つたんだらう。そんな話でもしておくれ。くさくさしていけないから』
『ヘヘヘヘこれは大失策《おほしくじり》、大失礼を致しました。ついおいとしいおいとしいが先に立つもんでございますから。肝要《かんじん》のお話が後になつて、禁句が先へ出違ひと、申すはこれも今夕の禁句ホイ』
と掌《たなごころ》にて我が額を叩き、可笑味《おかしみ》たくさんの身振にて、ずつと膝を進ませ。
『実はその少し耳よりなお話で伺つたのでございますがやはりおち[#「おち」に傍点]は歌舞伎座と申す訳。ヘヘヘ失礼ながら奥様お嬢様には、まだどちらへも御縁はお極りあそばしませぬか』
 こなたも耳よりなる話に、年増もぐつと乗出して、思ひ出し
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