、所得税は徴収せぬに、要らぬ詮索止めにせいと、さすが差配の息子殿は真面目なり。
折から来かかる一人の男、安価《やす》香水の香にぷむと。先払はせて、びらり[#「びらり」に傍点]と見へし薄羽織、格子戸明けて這入ると同時に、三味の音色はぱたりと止まりぬ。
『おや中井さんお出でかえ、さあずつとお上り』
と榛原《ハイバラ》の団扇投げ与ふるは、かの四十女なり。
『へい奥様、お嬢様』
と中井はどこまでも、うやうやしく挨拶して。
『いやどうも厳しいお暑さでございます、せつせつと歩行《あるい》て参つたもんですから』
と言ひ訳して、ぱたぱたと袖口より風を入れ、厭味たつぷりの絹|手巾《はんけち》にて滑らかなる額を押拭ふは、いづれどこやらの後家様で喰ふ、雑業も入込みし男と見へたり。
『これでさつぱり致しました。しかしお邸はたいへんお風通しが宜しいやうで』
と、事新しくそこら見廻すを、年増は軽くホホと受けて。
『中井さんお邸なんて、そんな事はよしておくれ。真実に今の躰裁では赤面するからね。これでも住居には違ひないんだけれど』
『いやごもつともでござります』
と、ここほろり[#「ほろり」に傍点]となりしといふ見
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