、通りを除けし格子造り、表は三間奥行も、これに合《かな》ひたる小住居ながら。伊予簾の内や床しき爪弾の音に、涼みながら散歩する人の足を止めて覗へば。奥深からぬ縁側に、涼しさの翠も滴る釣しのぶ、これと並びては岐阜提灯の影、ほの暗けれど。くつきり[#「くつきり」に傍点]と際立ちし襟もとの、白さは隠れぬ四十女、後姿のどこやらに、それ者の果ての見へ透きて、ただは置かれぬ代物と、首傾けて過ぎ行くを。向ふ側の床机に集ひし町内の、若い衆達の笑止がり。いかに青葉好ましき夏なればとて、葉桜に魂奪はれて、傍《かたえ》の初花に心注かぬとは、さてもそそくさき男かな。その母よりも美しき、その娘にお気は注かぬのか。とはまたきつい御深切、通りかかりの人にまで、あの娘を風聴したきほどの、深切があるならば、とてもの事に母子の素生、それはお調べ届きしか。さりとては野暮な沙汰、男気なしの女暮しで、三日に挙げず、料理の御用、正宗の明瓶を屑屋があてに来るといへば、いはずと知れた商売柄、知れぬは弗箱《どるばこ》の在所《ありか》ばかり。さあその弗箱の在所が己れは気にかかる。かかつたところで仕方なし、こればかりは政府《おかみ》でさへも
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