れ。かくまで我を痛罵する、あの蔭口を、猪飼の知らぬ筈はなし。知らずばかれこれ不明、不明にあらずばこれ不仁、いづれに我が先生と仰ぐべき器にあらずと。一念ここに僻みてよりは、斜めに見る眼の観察は狂ひ。その以前より猪飼が仕向け、その意を得ずとも思はれて、今は猪飼に対する、敬意を欠くにも至りしにぞ。さらでもかねて奥の訴訟、なるほどここをいひをつたと、証拠を竢つて判断する、旦那殿は商売柄。一号証より、二号証、三が詞も参考の、一ツに供するやうになりては、また一郎を、善しと思はぬ気色見ゆるにぞ。負けじ魂の一郎が口惜しさ。この人までもさあらむには、何の青雲ここにのみ日は照らじ。高山大嶽至る所、我が攀ぢ登るに任すにあらずや。百難を排し千艱を衝いても、やがては天下に濶歩すべき、この大健児の、首途《かどで》を見よやといはぬばかり。敵手《あいて》に取つて不足なき、敵には背後《うしろ》の見せ易く、奥様と三に忍びし一郎の、旦那殿には忍び得で。溝水《どぶ》も泡立つ七月の天、およそものその平を得ざれば、なるほど音高き日和下駄響かせて、我からそこを追出しは、とつて十九の血性漢なりし。
その四
飯田町何丁目の
前へ
次へ
全50ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
清水 紫琴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング