イタタタタ。馬鹿奴ツ、眼を明いて見ろの一声に、当られ損の叱られ徳、疵もつ足の痛さにつけても、三はいよいよ抵抗の気を昂めぬ。

   その三

 それよりは一郎三との衝突日に烈しきを、あはれ調停の任に当りたまふべき奥方の。何事ぞいつも三の神輿をかつぎ出されたまひ、三が肩には奥様の、光明輝く悲しさに。一郎は毎度泣寐入の、夜毎の夢にも、かの陰口のみは忘れかね。己れやれよくもこの一郎を、盗み根性ありとまで評せしよな。他事はともあれこれのみはと、半夜の衾を蹴つて起き出る、力は山を抜くべきも、ぬきさしならぬ食客の身の悲しさは、理非を旦那どのの前に争はむ力の抜けて。おのれ馬鹿女め、今に見よと、両の拳には、一心に青雲を握り詰むれど、これとて雲を握《つか》む話と、嘲られてはそれまでと、恥を忍び垢を含む一郎が無念無言を。覚えあればぞあの無言、情の剛きあの人に、似ぬ温和《おとな》しさはてつきり[#「てつきり」に傍点]さうと、いよいよ乗ずる三の蔭口、車夫の力松、小間使のおせかまで、異な眼つきにて我を見る、返す返すの心外さに、もう堪忍がと立上る、その足許には奥様の合槌、打つて出られぬ口惜しさの、積り積りて的の外
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