事はわしが留守ぢやというておけばそれで済む。それでも内方に逢ひたいといふ人があつたら、よくその名前を覚えておけ、後日の心得にもなる事やさかい。それからまた親類の奴ぢやがな、これはとかく親類といへばええかと思うて、わしの留守でも搆《かま》はずづんづん上るものがあるといふ事ぢやが、これからはそんな事があつたら、親類でも何でも構はぬ、とつとといんで貰ふがよい。
ナ何叔父さんはどうしやうといふのか、知れたこツちや。叔父さんでも同じこツちや。
ウム……いつぞや叔父さんが怒つた事がある……フフン何構ふもんかい、たとへ甥の嫁でも留守に逢はうといふのが、向うが間違いぢや。それで気に入らねばここの家へ来ぬがええわ、あたあほうらしい、亭主の留守に人の女房に相手になつて、何が面白い事があろぞい、誰でもその身で知れたものぢや、てんでに我が女房は気にしてる僻《くせ》にアハ……ナアお糸さうじやないか。
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ちよつと妻の顔色を窺ひしかど、何の返事もなければ不満らしく、また煙草一二ふく燻らして、ポンと叩く灰吹の音にきじめ[#「きじめ」に傍点]を利かし。
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何でもかんでも搆はせんわ、一切断るといふ事を忘れまいぞー誰はええ、彼はええといふ事になると、ついものがややこし[#「ややこし」に傍点]なつて来てうちの規則が破れるさかい。何のお前人の女房といふものは、亭主の気にさへ入ればそれでよいのじや。よその人の気に入ると、えて間違ひが出来るさかいな。
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少し声を潜めて、
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トいふも実はわしのお父さんがそれでしくじつて[#「しくじつて」に傍点]はるのや。
ウ何ぢや、親類の人だけは受けが悪なると困る。ハ……分らぬ事をいふ奴ちや。わしとこの親類に誰ぞ、ヘイ上げまようというて、金を持て来るものがあるかい――、あらしよまいがな。それ見イな、何が困る事があろぞひ。まだしも無心をいはぬだけが取得と思つてる位の先ばかりじやないか、それを何心配する事があろぞひ。そんな奴でもちよつと来て見イな、茶の一杯も振舞はんならんし、畳も自然損じるといふもんぢや。そこへ気がつかぬとは、さてさて世帯気のないこツちや。いつもお前の心配は、とかく方角が違うて困る……
「なるほど分りました。」
分つたか、分つたらそれでよい。それからまた飯時のこツちやがな、お前はいつも、わしがいひ付けといても、わしの留守には出て見てくれぬさかいいかん。これから行くと、なんぼ急いでも帰りは夕方になるやろさかい、昼飯はわしの留守に喰う事になる。さうすると皆ンなが、ここを先途と喰ふさかい、いつもいふ通りその時だけは台所へ出て、火鉢の傍で見張つててくれ。それも男の方はなるべくその顔を見ぬやうにして、手を見てゐればよい。それでも勘定は分るさかい、女子の方は構はせん、充分顔を見ててやれ。さうするとあんなもんでもちつとは遠慮して、四杯のとこは三杯で済ますといふもんぢや。男の方はしよこと[#「しよこと」に傍点]がない、手だけで勘忍してやるのやけどなハ……
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高く笑ひてまた小声になり、
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さうするとまア一人前に一杯づつは違てくるといふもんじや。一杯づつ違ふとして見ると、コーツとなんぼになる知らん。
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首をひねりてちよつと考へ、
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まア男が十人で女が三人そこへ丁稚の長吉やがな……
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いひかけてまた考へ、ポンと膝を叩きて、
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ええわ、子供の割にはよう喰ひよるさかい、こいつも一人前に見といてやろ、さうするとコーツとなあ。……
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次第に左の手の指を折りたるを、妻の面前にさし出して、それと七分三分にその顔を眺め、
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そやろがな、これで十四人じや、そうするとどれだけになる知らん。
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得意らしくうつむきて勘定にかかり、たちまちに胸算は出来たりと見えて、しきりに自ら感歎し、
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えらいものなア。ちよつとこれで一遍に四合六勺あまりは違ふさかいな。
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振り向きて肩後《うしろ》に扣《ひか》へし張箪笥の上より、庄太郎の為には、六韜三略虎の巻たる算盤、うやうやしく取上げて、膝の上に置き、上の桁をカラカラツと一文字に弾きて、エヘント咳払ひ、ちよつとこれを下に置きて、あたかも説明委員といふ見得になり、
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まあそれざつと三杯を一合と見いな、もつとも家の茶碗は小さうしてあるけど、みんながてんこ[#「てんこ」に傍点]盛りに盛りよるさかいな、そこで、
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とまた算
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