に。
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 庄太郎聞き付けてくわつ[#「くわつ」に傍点]と怒りを移し、
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 これ長吉ちよつと来い。
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 我が前へ坐らせて、
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 お前は今何をいうてたのぢや。いつ行こと行こまいと、こちの勝手じや、お前の構ひにはならぬこツちや。そんな事いうてる手間で隣家へ行て、もう何時でござりますると聞いて来い。ついでに大阪へ行く汽車はいつ出ますと、それも忘れまいぞ。
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 叱り飛ばして出しやり、もと柱時計の掛けありし鴨居の方を見て独言のやうに、
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 ああやはり時計がないと不自由ななア、要らぬものは売つて金にしとく方が、利がついてよいと思うて、何やかや売つた時に一所に売つてしまうたが、こんな時にはやつぱり不自由なわい。でも隣家は内よりもしんしよ[#「しんしよ」に傍点]が悪い僻に、生意気に時計を掛けてよるさかい、聞きにさへやれば、内に在るのも同じこツちや。あほな奴なア、七八円の金を寐さしといて、人の役に立ててよる。
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 これにも女房無言なれば、また不機嫌なりしところへ、長吉帰り来りて、九時三十分といふ報告に、さうさうはゆつくりと構へて居られず、
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 ええか、今いうただけの事は覚えてるな。
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 念の上にも念を推してやうやくに立上り、辻車の安価なるがある処までと長吉を伴につれ、持たせたるささやかなる風呂敷包の中には、昼餉《ひるげ》の弁当もありと見ゆ。心残れる我家の軒を、見返りがちに出行きたり。

 しばらくありて丁稚の長吉、門の戸ガラリ、
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 ヘイ番頭さんただ今、
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 いひ訳ばかり頭を下げぬ。名は番頭なれどこれも白鼠とまではゆかぬ新参、長吉の顔見てニヤリと笑ひ、
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 安価《やす》い車があつたと見えて、今日はどゑろう早かつたな。またお前何やら、大まい五厘ほどの駄賃貰ろて、お糸さんの探偵いひ付けられて来たのやろ。そんな不正《いが》んだ金は番頭さんが取上げるさかい、キリキリここへ出せ出せ。
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 おだてかかれば、上を見習ふ若い者二三人、中にも気軽の三太郎といふが、
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 これ長吉ツどん、うつかり番頭さんに口を辷らすまいぞ。極内でわしに聞かしとくれ。おほかた旦那はこういうてはつたやろ。店の者の中でも、この三太郎は一番色白でええ男やさかい、あれにはキツト気をつけいとナそれ。
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 アハ……と笑い転げる長吉をまた一人が捉へて、
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 なんのそんな事があろぞい。三太郎はあんな男やさかい気遣ひはない、向ふが惚れてもお糸が惚れぬ。それよりはこの惣七。あれがどうも案じられると、いははつたやろ。
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 いふ尾についてまた一人が、
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 三太郎ツどんも惣七どんも、その御面相で自惚《うぬぼ》れるさかい困るわい。お糸さんの相手になりそなのは、わしの外にはない筈じやがな、ナ、ナ、これ長吉ツどんナ旦那の眼鏡もそうやろがな。
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 銘々少し思ふふしありと見えて、冗談半分真顔半分で問ひかかるをかしさを、長吉は堪《こら》へて、
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 へいへいただ今申します、旦那のいははりましたのには、店の奴等は三太郎といひ、惣七十蔵、その他のものに至るまで……
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といひかければ、早銘々得意になりて、我こそその心配の焦点ならめと、一刻も早くその後を聞きたげなり。長吉は逃支度しながら声色めかして、
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 いづれを見ても山家育ち、身代はりに立つ面はない、長吉心配するに及ばぬといわはりました。
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といひ捨てて、己れ大人を馬鹿にしたなと、三人が立ちかかりし時は長吉の影は、はや裏口の戸に隠れたり。跡にはどつと大笑ひ、中にも番頭の声として、
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 やはりお糸さんが別品《べつぴん》やさかい、皆なが気にしてると見えるな。旦那の心配も無理はない。死んだ先妻のお勝さんといふは、よほど不別品やつたといふ事やけど、それでも気にしてゐやはつたといふこツちやさかいな。アハ……番頭さんもお糸さんを、別品やというて誉めてる癖に、我が事は棚へ上げとかはるさかいをかしいわい。
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 同士討ちの声がやがやと喧《かまびす》し。かかる騒ぎも広やかなる家の奥の方へは聞こえず。お糸は夫を出しやりて後は、窮屈を奥の一間に限られたれば、飯時の外は台所へも出られぬ身の、一人思ひに沈める折ふし、先妻の子のお駒といひて、今
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