婦顔を突合はしての坐食に、幾年をか送り来りぬ。されどいつまで生活の材料の尽きずしてあるべき。加ふるに父は一二年前より肺病に罹りゐしに、ふとこの秋夥しく咯血して、その後は日毎に見ゆる身躰の疲《や》せ、とても冬中はと医師も眉を顰むる程になりたれば、それこれの費用多く、今はその日の米代にさへ差支ふる身となりしなり。かかる場合に至りても、継母は夫を助け、娘を労《いたわ》る心とてはなく、かへつてその身の衣服まで売却《うり》なして今は親子三人が着のみ着のままなる困苦《くるしみ》をば、ひとへに夫の意気地なきに帰して、夫を罵り、お袖にあたり[#「あたり」に傍点]、かくは波風《さわぎ》を起こせるなり。
 お袖はかかる父母の間に人と成りたれば、今の時節に学校へも遣られず。年端もゆかぬその内より、下女《はしため》代はりに追廻されて、天晴れ文盲には育て上げられたれど、苦労が教へし小賢《こさか》しさに、なかなか大人も及ばぬふんべつ思慮する事もあり。
 されば今宵もお袖の心には、父の言葉は無理ならず、母は道理に背けりと、思はぬにてはなけれども、万一母に怒られて、この家を去らるる事ならば、他事はとにかく、死期遠から
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