子に醒まされ眼を開けば、薄汚なき戸の隙に朝日きらめきて、蜘蛛のいとなみ鮮やかに、下には門通る豆腐屋を、老媼の呼び入るる時なりき。
 これに驚き起き出でむとせしに、いかがはしけむ頭重く、身体だるくて起きも上られぬを、お風邪にても召したるにやと、老媼の丹精にて、薄き粥など拵へくれたれど、これさへ咽喉へ通らぬ苦しさは、一夜を経ても変はらぬに、その翌日も夕ぐれまで中川様の来たまはねば、心細さも添ひゆきて、またも思ひに沈む折ふし、威勢よき老媼の声は漏れて、思はせ振りもあまりお過ごしあそばしては、かへつてお為になりませぬ。方様のそれはそれはお塞ぎなされて、昨日からの御病気もといふ間もあらで、階子《はしご》上りたまふ足音の聞こゆるに、さては中川様のと、我は乱れたる髪掻き上げ、辛ふじて、重き枕を擡げたるを、中川様の見たまへて、始めていたく驚きたまひたるらしく、さては老媼のいひし事も、全く戯れ言のみではなかりしか。さるにてもいかがはせし、我が知れる医師を招き得させむにと、気遣はしげに眉根顰めたまへど、我はこの上のお心遣ひかけまつらむが心苦しさに、いへ当分の事に侍らむをと、力《つと》めて元気繕ひしに、中川
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