りし横道にそこと分らねど、やがて万世橋《めがね》を左に見て、お茶の水の右に出でしを、聞けば本郷弓町とやらむ。一人ものの老媼《ろうば》の二階なりき。
老媼は我をその人と他人ならぬ中と思ひ違へしにや、その夜はまたしても中川様の噂ばなし、あれ程お急《せ》きなされずとも、少しは落ちついてお出であそばしたら、宜しかりさうなものなるを、庭から直ぐにお帰りとは、さてもさても曲ない方様や。さりながら方様は、ああお見へなされても、それはそれはお優しい方様にて、この婆も永らく御贔負に預りまする。お仕立ものやお洗濯何といふ御用御極まりはござりませねど、いつも過分にお手当戴きまする上、お着古しはこの婆の、晴れ着ともなりまするを、惜しげもなふ下されまするので、いつもよいお正月をいたしまする。明日は大方朝からお越、あなたもお早うお休みあそばしませ、御用があらば御遠慮なふ、お手をお叩きなされてと、我が迷惑顔にも心付かず、おのがいひたき事いひ終りて、下へおりるを待ちかねて、始めてほつ[#「ほつ」に傍点]と肩の荷を、下ろせば見れば可愛やな親ならぬ親に連れられて、この肌薄きに夜寒の風、さこそは身にもしみけむと、泣かぬは
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