は劣る身一ツのふり残されし悲しさを。かこつにつけてもさりともと。思ふ心の空頼みより、母様の上方様の方へ知らせませしに旅行中なりとて来もしたまはず。程経て香奠のみ贈り越されたる所為《しうち》に、いとど恨みは添ひゆきて、人に思ひのありやなしや、思ひ知らせむの心ははやりにはやりしかど、さすがにもまた優しかりし越し方の忍ばれて、胸の炎も燃へては消え、消えては燃ゆる切なさを母様の中陰中は堪らえ堪らえて過ぐせしに。やがて母様の百ヶ日も果てし頃、方様の方には、玉のやうなる男子挙げたまひしと、知らする人のありしかば。我はきつと心に思ふよしありて、身装も立派に調へつ。祝ひの品をも携へて、諏訪町なる浅木様の方をおとづれぬ。
その下
雲に聳ゆる砲兵工廠の建築《たちもの》眼を遮る片側町にも。これはと庭に箒の目にも立つ一構へ、門の扉は輝けど、心は曇るその人の、よくも世間に憚りの、関をも据ゑて筆太に、増田由縁としるせしを。見るに胸先づ迫き来れど、大事のところとしとやかに案内を乞ひつるに。目ざす人は不在《るす》なりしかど、もと下宿し居たまへし家の娘といふに、奥様も心ゆるしたまひてや。さのみは勿体ぶりもし
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