もさも羨しさうな話と。半ばを聞かず母様のキリリとお歯を噛みしめたまひて口惜しがりたまふを、我はその人贔屓の心より。さりとも人の詞のみにては、何とも思ひ定め難かるを、など方様の早う来まして、その入訳母様にはいひ解きたまはぬと。始めは一筋に待ち見しかど、待てども待てども便りなきにぞ。我も遂には疑ひの、雲霧かかる辱めを、受くるも女親故ぞと。さすがの母親も、返らぬ昔忍び泣きしたまふがいたはしさに。我もいつしか口惜しさのまさりて、あはれ我が身の心に任すものならば、その人とり殺してやりたしとまで、思ひ募る事のあるを。また母様の宥《なだ》めたまひて、今に始めぬ人心、世はさるものと白髪の、年甲斐もなふ瞞されしは、我の不覚ぞ堪忍せよと。諭したまふに四ツの袖、ぬれこそまされ乾く間も、なさけなの母を子を。神はあはれとおぼさずや、中川様さへ東京《ここ》に在りたまはぬを待つとせし間に。いつしか秋の風たちて、桐の一葉も誘はるる、折も折とて母様の、悪しき病に罹らせたまひ、二時がほどに世になき人の数に入りたまへしかば。頼む木かげに雨もりし、我が身は露と消へたきを、かかる時には生命まで、つれなきものか。ある甲斐もなきに
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