絆《きづな》も絶えたれば、いでや再びもとの我にかえりて、きのふけふ知りそめつるつくりぬし、かつは亡き父母君《ふたおや》の、声なき仰せに随ひて、あはれ世に生まれ出し甲斐ある身ともならばやと、心のみは弓張月の、張るとはすれど、張るに甲斐なき下弦の月、一夜一夜に消えてゆく、今の我が身を何とかせむ。ああ勝ち難き我が心にも勝ち得る時はありしものを、勝たれぬは、身の病なり死の根なり。さあれ今は何をか歎き、何をか悲しまむ、身の生きて、こころの死にし昨日の我よりも、こころの生きて身の死なむ今日の我を幸ひに、我は年頃の憂さを感謝に代へて、せめては最後の念を潔ふし、汚れに染みし身の懺悔を、我と我が心に語りて見む。
 思へば我は、よくよく薄命の筈に生まれ来し身なりけむ。我が父君の家といふは、農家ながらも我が故郷にありては、由緒ある旧家にて、維新前には、苗字帯刀をも許されし家系なりとか。さるを我が父君は御運拙なく在《いま》して、そが異腹の兄上、我が為には伯父君なる人の為に、祖先より伝はりし家督をも家名をも、併せて横領せられたまひて、我がその人の一人娘として生まれ出し頃には、父君も母君も、日毎に自ら耕したまひ、
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