の辺にありしか。美しき彼女の眉か。涼やかなる彼女の眼か。さらずは閑雅なる挙止か。朗らかなる声か。はたまた富胆なる才藻か。これらのものもとより、一瞥の価値なしとせず。しかれども予は、彼女の外においてもまた、これらのものを見たりし。されども予は少しも、心を動かす事なかりき。ただし彼女において、異様に感ぜしところのものは、かれが身より、放つところの霊光にてありき。彼女が、人を清くし、人を優しく化する。何とも名づけ難き気に感ぜし時は、これ既に予が、恋の人となる始めにてありき。今や予が意識、予が情想はことごとく彼女の事についてのみ働く。予はその外には、何事をも知らず。思ふに今もし人ありて、自刃を予の頭の上に加ふるとも。予はこれを避くることにも気付かざるべし。ああ予は憐れなる人と、なりたるかな、否予てふ人間は疾《と》くに亡《ほろ》びて。今はただ恋愛の、分子より成立てる一肉塊が。彼女の為に、生きて動けるのみ。ああさてもさても。
 いでさらば予は、この一肉塊としての予が。今や何を考へ。また一意専心に、何を企てつつ、あるかを自白せむ。予が友は、予が未だ、恋をなせりと、心付かざりし以前にありて。早く既に予
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