を撫づれば、いつしかすやすや泣き入る子と、夫の寐顔を見くらべて、深くも思ひに沈める内、多くもあらぬカンテラ[#「カンテラ」に傍点]の油はここに尽き果て、ハタリ火の消えたれば、三人の寐姿は、闇に葬られたれど、夜もすがら苦しげにうめく妻の太息と、さも快げなる夫の鼾は、高う低う屋の棟《のき》に響きて、可愛や寐た間も魂は、米屋の軒をめぐる松之介の夢醒めむかと危ぶまれぬ。(『女学雑誌』一八九七年二月二五日)
下
青き松白き砂、名にあふ舞子の浜のなかも、をしや暮色に蔽はれて、呼はば応へむ、淡路島山の影もやうやく薄墨に、なると[#「なると」に傍点]のかなたにほの見えし紀伊和泉のやまやまは、雲かとばかり波に消えつ。鏡のやうなる海面も、どんよりと黒みゆきたれど、波に尾をひく夕日影は、西の海に金色の名残漾はせつ。暮れむとして暮れはてぬ夕景色、夏ならはここ千金の一刻なるべきを、今は都人の花に酔ふ頃なれや、ここらそぞろ歩行《あるき》する人は稀なるに、病をここに養ふやらむ。老若二人の婢にかしづかれて、いづれ身分ある人の奥様と覚しきが、前刻よりこの松原を、ゆきては戻り、人戻りては行きたまふは、晩餐後の
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