お前ひどいぢやないか。私や松を女房子とお思ひではないかえ。
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いひかけて傍に寐させし子の、十歳《とお》には小さきが寒さうに、母親の古袷一ツに包まれたる寝姿を見て、急にホロリとなり、
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これ御覧お前、たつた一枚の蒲団までも曲げてしまつた位なのだから、もうどうするものもありやアしないわね。だからお前二人ともまだ朝飯を喰べたきりぢやアないかよ。それに今頃文なしで帰るなんざア、そりやアお前人間に出来る仕事なのかえ。私やアまだしも、これを可愛いとお思ひではないのかえエ、これお前、亀さん、亀さんツたら、お前はこれを見殺しにする気なのかえ。
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前刻より妻の小言を添乳に、うとりうとりと眠りゐし夫、ここに至りてブルリと身を顫はせ、
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ああ寒いや。
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とクルリあなたへ寝返りうち、
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チヨツやかましいなアいまさらいつたつてどうなるもんかい。たいていにして寝ろい。己れなんざアいつも一|食《じき》だア。
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女房はいとどぢれ込みて、夫の肩へ手をかけ、力を極めてこなた向かせむと力《つと》めながらさも口惜しさうに、
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何だとえ、も一度いつて御覧、いくらお前でも、よもや二度とはいはれやアしまい。お前その一食が私を泣かせる原因《もと》なんぢやアないか。お前が三度三度に御飯でさへお腹をふくらしておくれなら、こんな思ひはしやアしないわね。お米よりきやアお米の水の方が、いくら高値《たか》くつくか知れやアしない、よくもそれを自慢らしくいへたもんだ。お前は一食でも二食でも、それはお前の好きでするんだ。私と松は明日からどうしておくれだえ。ハツキリと聞かしておくれ。私もお前の返答によつちやア、きつと思案を極めなくツちやアならないから。
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いかにもして夫の睡りを醒まさせむと、いよいよ押さへし手に力を入れて、その肩をゆり動かすにぞ、さすがは男の我を悪しとは知りながら、
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うるせへえや。ふざけた真似をしやアがるな。
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大喝一声やにはに起き上りて、女房の横腹を丁と蹴り上げ、おのれはそのまま子供に掛けたる古袷の袖引き攫《つか》みて、肥大なる身をその脇に横た
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