ハハハ
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 うつつたわいもなきままに、上り口といふも一間きりの、框へバタリと倒れたるまま、はや正躰なき様子に、女房はいとどぢれ込みて、ヌツと起き出で、その枕を蹴らぬばかり頭の際に突立ちて足踏み鳴らし、
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 これサお前そんなところへ寐ツちまツて、どうする気なんだえ。しつかりおしよ、今に落ツこちらアな。そして戸はどうしたんだえ、明けツ放しぢやないか。
 ムニヤムニヤムニヤ。
 真実に仕方がないねえ、まるつきり夢中なんだもの。
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 ふしやうぶしやうに、庭に下りて、外れし戸をやうやくに建て合はせ、竿竹にてともかくも支へ来り、上りかけにわざと強く夫の足に突当たれば、
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 アイタアイタ痛てえや、何をするんだ。
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 気味よしといはねばかり、女房は冷やかに笑ひて、
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 怪我だわな。こんな処へ足が出てやうとは思はないからね。
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 少しくきツとなりて、
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 何かえお前、今まで仕事先に居たのかえ。
 うるせえや、知れた事を聞くねえ。
 何だとえ、知れた事だツて。エあンまり馬鹿におしでない。どこの世界に、今まで仕事させとく親方があるもんかね。おおかたまた、どこかで飲んでたんだらう。
 だから知れ事だと、いふ事よ。
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 女房は口惜しさうに夫の顔を見て、鋭き眼を涙に曇らせ、
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 よくまアそんな事がいへたもんだね、あンまりで私やアものもいへやアしない。――ようつもつても御覧、お前の飲んだくれも久しいもんだが、お前は何かえ、この間中私と松とは、どうして過ごしてるとお思ひなのだエ。私が少しずつでも銭儲けする間は、そりやアどうにかかうにかして、母子《ふたり》がお粥でも啜つてるんだ。だがこの節は私の内職も隙《ひま》だから、ちつともお金の工面は出来やアしないし、それに相変はらずお前は飲み歩行《あるい》てばかしゐて、ちつとも家へお金を入れておくれでないから、私やアこの十日ばかりは、御飯《ごぜん》も喰べたり喰べずぢやないか。それをいやほど知つてる癖に、なぜ少しでも持つて帰つておくれでないのだえ。あれ程お前朝頼んどいたぢやないか、それにいつも同じ気で、今までよそで飲んでるなんざアあまり
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