運動にもや。奥様はいと沈みたる調子にて、独言のやうに、
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ああわたしは真実《ほんとう》に世が嫌になつたよ。なぜこんなに心細い気がするんだらう。ここへ来た当季は、あンまり景色がいいもんだから、何もかも忘れてしまひて、もとの活々《いきいき》とした身躰に返つたやうだつたが、慣れて来るとまたいろんな事を考へ出していけない。なぜうきうきとした気になられないんだらう。真実に私は自分で自分の身が嫌になつたよ。こんなにくさくさして生きてるんなら、死んだ方がよつぽどまし[#「まし」に傍点]だわ。なぜ死なれないだらう……
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詞の末は半ば消えて、いつしか立止まりたる足の、白く細き爪先にて美しき砂を弄びながら、なほも思ひかねたまひたる様子に、老女はわざと軽くホホと受けて、
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また奥様そんな事を思し召しましては、いよいよお身躰のお毒でござりまする。とかくさうお鬱ぎ遊ばすのが、一ツは御病気なのでございますから、こうして御養生に御越あそばしました限りは、何事もお思ひあそばしませぬが宜しうござりまする。何のあなた、小癪な事を、申し上げるやうではござりまするが、命あつての物種と申すではござりませぬか。何が何でいらつしやいませうとも、御身躰が一番お大事でござりまする。必ず必ずきなきな思し召してはなりませぬ。
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いひかけて四辺《あたり》に気を配り、若き婢《おんな》の三四間後れたるに心を許し、
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何のあなた、旦那様だと申し上げましても、いついつまでもああではいらつしやいますまいー。ほんの一時のお物好きであそばすのでございませうから、あんなもの位にお気をおひけあそばさないで、何でも早く若様でもお嬢様でもお設けあそばすやう、一日も早くお達者におなり遊ばせな。オホホホホそれが何よりのお勝でござりまする。
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とはいかなる子細ありてやらむ。奥様はいとどこれにむつがらせたまひて、血の気とてはなき唇を噛みしめたまひ、
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またばアやはそんな気休めばかしいふよ。人を、人をツいつまでも子供のやうに思つて、賺《たら》さうとしてももうだめよ。それよりか一所に泣いてくれた方が、いくら力になるか知れやアしないわ。
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露かあらぬか、奥様のお
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