。よしそれとても、人間の、思ひ出しては、可愛さを、訪ねてもくれましようと。父の気質を知る身には、安心致しておりまする。ついした愚痴から、お胸を痛め、御疲れの上の、御鬱陶を、麦酒《びーる》にでも致しましようかと。急にさゑさゑさらさらと、延ばす右手の袖軽く、喚鈴《よびりん》に指頭《ゆびさき》の、かかりける機《をり》もよし。書生の次間《つぎ》に畏りて、奥様にと差出す郵書。見れば名宛の我にはあれど、覚えなき手跡にて出処は、実父の名のありありと記されたり。あまりの意外に顫ふ手を紛らはさむとや、身を起こし。あのね、あちらへ行つたらば、花に来てといひかけて。あ好いよ、私が行つて吩咐《いひつけ》ましよう、貴夫人振るも、可笑《おかし》なもの、ねえあなた少しお待ちあそばしてと。その場を体よく、夫の視線避けけるも、書中《なか》の子細の危《あやぶ》まるるを、先づ秘かにと思へるなるべし。

   下の一

 七条の停車場《すてーしよん》といへば、新橋梅田の、それ程にこそ雑踏せざれ。四時の遊客絶え間なき、京は日本の公園なれや。諸国の人が乗降も、半ばは花に紅葉の客、夏は河原の夕涼み、流るる水の一滴が、さても東都の土
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