れを拭はむ、笑みはそなたに頒かたむと、世に優しくも待遇《もてな》させたまふ、これがそも人生の不幸かや。まして我が良人《つま》は、学識卓絶、経綸雄大、侠骨稜々の傑士にして、しかも温雅の君子なりと、名にのみ聞きて、よそにだも、敬慕せし君なりしを、ゆくりなき知遇により、迎えられて、妹よ背と、呼び呼ばれ参らする中とはなりし身なるをや。もしこれをしも不幸といはば、はた何をかは、人生の幸とはせむ。
 さあれ絶対無限てふものは、かの唯一の御神とぞいふなる、大精霊大動力を除きての外になき限り、いかでか不幸の伴はぬ幸福の幸の伴はぬ不幸てふものあるべきや。もし満足を、開悟の外に求めなば、人は天地を我が有とするも、未だもつて絶対の幸福とするには足らじ。一心ここに頓悟せば、身は三界に家なきも、またもつて幸とするには足る。悟れば幸も不幸もなき世に、悟らぬ内が人生の、おもしろ、うたての人の身や。
 我も数には漏れぬ身の、差別の外には出で難く、嬉し悲しは切なるを。なまじひなる幸福に、身を包めばぞ人知れぬ涙の淵には、沈むなる。羨ましきは世の中の、人の栄華を羨むほどの、無邪気なる人々よ。繿縷《つづれ》の袖に置く露の、そ
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