、男を殺す手引きをしろ。さうして首尾よく仕遂げたうへは、一緒に高飛びして。どこのいづくの果てででも、もとの夫婦にならなきやならんぞ。それがいやなら、いやといへ。ここで立派に殺してやる。手前を殺したその刃物で、直ぐに男を殺したら、重ねておいて殺すも同様。どの道今夜は埓明ける。さあ死にたいか、生きたいか、返答せい』と、威しの出刃、右手《めて》にかざして、詰め掛くるに。不審ながらも、ぎよつとして『男とは何の事。事情《わけ》をいはんせ、分らぬ事に、返事のしやうもないではないか』『へん、盗人たけだけしい。分らぬとはよくいつた。手前の腹に聞いて見ろ』『さあそれを知つてゐる位なら、何のお前に聞きませう。男呼ばはり合点が行かぬ。私はお前の女房じやないぞえ』と。いはれて、くわつと急き込みながら『なるほど今は女房じやない。離縁《さつ》たのは覚えてゐる。が己れが離縁《さ》らないその内から、密通《くつつ》いてゐた男があらふ』『やあ何をいはんすやら。そんな事があるかないかは、お前も知つての筈ではないか。今になつてそんな事。誰ぞに何とかいはれたかえ』『知れた事だ。天にや眼もある、鼻もある。誰が何といはねえでも、曲
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