話になりますも、事情《わけ》があつてといふではない。誓文奇麗な中なれど。かうしてここに居る限りは、疑はれても、詮方がない。この身に覚えのない事で、殺されるのは私の不運。覚悟は極めてゐまするほどに、いつなと殺して下さんせ。少しもお前は怨みませぬ。忠義を立てたが、よござんせう。よしない私をかばいだて、お前の身体を失策《しくじ》らせ、私は不義の名に墜ちる。それが何の互ひの利得。世には神様、仏様、それこそは、よう御存じ。どこぞで見ても下されやう。無理に死にともない代はり、生きたふも思ひませぬ。生命は、お前と奥様に、確かに預けておくほどに、御入用なら、いつなりと、受取りに来て下さんせ』と。動かぬ魂、坐つたまま、びくともせぬに、口あんぐり。どこまでしぶとい女子か知れぬ。さうと知りつつ、出て来たは、こつちの未練、馬鹿を見た。よしこの上は、そのつもりと、いふ顔色を顕はさず。わざと心を許さする、追従笑ひ、にやにやと『なるほどそれはよい覚悟、男の己も恥入つた。がお園さん、短気は損気といふ事を、お前も知つてゐやうから、ゆつくり思案するがよい。ここしばらくは、奥様に、在所《ありか》が知れぬといふておく。確かに
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