《めま》ぜ、お園の手を取り、行かむとするを、どつこい、ならぬと、遮りて『お前はどこの、細君様《かみさん》か知らねえが、この女には用がある。行くなら一人で歩みねえ。この女だけ引止めた』と、お園の肩を鷲握み。はや人立のしかかるに。お園も今は二人の手前、耻を見せてはなるまいと。腹を据えての空笑ひ『ホホホホホ、どなたかと思ひましたら助三さんでござんしたか。全くお服装《なり》が替はつてゐるので、つい御見違ひ申してのこの失礼、お気に障えて下さりますな。御用があらば、どこでなり、承る事に致しませう。連れのお方に断る間、ちよつと待つて下されませ』と。物和らかなる挨拶に、男はおもわく違ひし様子。少しは肩肱寛めても、心は許さぬ目配りを、知つても知らぬ落着き顔。ちよつと太田の奥様えと、小暗き方に伴ふに。三は虎口を遁れし心地。あたふたと、追縋り『交番へ行ツて参りませうか』と、顫えながらの、強がりを。お園は、ほほと手を振りて『なんのそれに及びましよ。あれは私が、遁れぬ縁家の息子株。相応な身分の人でござんしたのなれど。放蕩《のら》が過ぎての勘当受け』と、いふ声、耳に狭んでや『なにの放蕩だと』といひかかるを『お前の事ではござんせぬ。こちらの話でござんす』と。なほも小声の談話を続け『何に致せ、ああいふ風俗に、落ちてをる人ゆゑ。当然《あたりまえ》の挨拶が、ちよつとしても喧嘩腰。さぞお驚きなされたでござんしよが。私は知つた人ゆゑに、お気遣ひ下されますな。おほかたいづれお金銭の無心か。さなくば親へ勘当の、詑びでも頼むまでの事。大丈夫でござんすほどに、私にお構ひなさらずとも、お女中と御一所に、お先へお出で下さりませ』と。いへどもどふやら不安心と、肯《うべな》ひかぬるを、また押して『なんのそのお案じに及びましよ。気遣ひな位なら、私からでも願ひますれど。あの人の気は、よう分つてをりまする。途中で逢ふたが何より幸ひ、家で逢ふと申したら、たびたび来るかも知れませぬ。それよりは、どこぞそこらで、捌くのが、何よりの上分別。一度限りで済みまする。きつとお案じ下さりますな。早う済んだらお後から、もしも少し手間取りましたら、お先へ帰つてをりますほどに、御ゆるりお越なされて』と。心易げないひ立に。太田の妻も安心して。もともと進まぬお外出ゆゑ、これを機会《しほ》のお帰りか。それとも外に子細があらば、なほさら、無理にといふでもな
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