第七回

 年の内に、春は来にける、御大家の、御台所の賑はしさ。我等は、いつも来る年を、晦日の関に隔てられ。五日十日と、延び延びの、払ひに年は越させても。身の春知らぬが極まりじやに。あの深井様のお邸は、二度正月が来るさうな。二十日といふに、餅搗きも、やあぽんやあぽんの煤払ひ。払ひたまへの神棚から、払ひをたまふ門口まで、飾り立てたる、注連飾り。しめて何百何十の、到来の数御用の品。お台所まで、ぎつしりと、詰まつた年の暮の内、眼の正月が出来るといふ。宝の山を見がてらに、行くにもこちとは出入方、空手で帰らぬ、その代はり。高いところへ土持ちの、歳暮の品は持つて行く。どうでも我等は貧乏性、土方にならぬが、まだしも、ましかと。出入の左官、大工まで、来る年々の羨み種が。今年ばかりは御様子が、がらりと違ふた淋しさは、恐ろしいもの、諸式の高直《こうじき》。このお邸にも響いたさうなと。外から見えぬ内幕を。幕の内では婢ども、二人三人が、こそこそ話。棚から卸す、針箱や、櫛の道具に鏡立。かうして纒める雑物の、風呂敷包見るやうに、包んで置いては、行つた跡で、隔てがあると怒らんしよ。親の病気といふたは嘘。勤まり悪《にく》いお邸で、年を越すでもなからふと、内証極めた前刻《さつき》の使ひ。忙《せは》しい時に暇取つて、お前方へは気の毒ながら、無理のない訳聞かしやんせ。この四五日の奥様の、あの肝癪は正気の沙汰か。お肝高いは、日頃から、知れてもをれど。なんぼうでも、堪らえられぬは、この間、旦那が泊つてござつた朝。いつもの時刻と、御寝所の、雨戸を私が明け掛けたら。お前も旦那に一味して、寝さすまいの算段か。昨宵《ゆうべ》一夜は、まんじりと、寝ぬのは知れたに、がたびしと、その開け方の訳聞かふ。やつとの事で、とろとろと、今がた寝かけた眼が醒めた。これでは今日も、一日頭痛。まどしやまどしやの、難題も、それだけならば済ましもせう。まだその後で、手水の湯が、温《ぬる》いの熱いの、大小言。かなぎり声で、金盥。替えて来やれと、突出したが、私の着ものに、ざんぶりと。濡れは、濡れでも、あんな濡れ。こちや、神様に頼みはせぬ。吉蔵さんとは、正直が、濡れて見たいの願ひ立に。お薩芋《さつ》を一生断ちますると、頼んでおいたが。なんぼうでも、験が見えぬに、ほつとして。あの前の晩、ほこほこを、喰べて退けたが、出雲へ知れた、罰かと思ふ
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