で、お装飾《つくり》を、大義とばかり仰しやるは、よくよく御苦労ありやこそと、お心汲んでをりますれど。さうばかりでは、なほの事、お気が塞いでいけませぬ。少しなりとも、御気分の引立つよう、無理にもお身体借りまして、お装飾申して見ましたい』と。なにかにつけて、世話好きな、老人気質、あれこれと、進まぬお園を勧め立て、装飾り上げたる、髪容《かみかたち》『嬉しやこれでお美しい、玉の光が見えました。娘があらば、ああかうと、物珍しい心から、余計な世話まで焼きたがる、うるさい婆とお怒りなく。私が申しまする事も、一ツ聞いて下されますか』と。持ち運んだる紙包み、二ツか、三ツか、三ツ襲《かさ》ね『これこのお召のお襲ねは、ちよつとしたお着替えに、この銘仙が御|平常《ふだん》着。お帯も上下、二通り、お長繻絆や、なにやかと、さしづめ遁れぬ御用のものは、揃えてあげまするやうと。あの翌日《あくるひ》深井様御越しの節のおつしやり付け。それではお柄を伺ひましてと。申し上げてはみましたなれど。お耳へ入れては、要る、要らぬと、御遠慮がめんどうな、それよりは、万事よきに計らふて、お着せ申してくれとのお詞。それ故の押付けわざ。御寸法は、あの濡れた、お召しに合はせてござりまする。大急ぎの仕立と申し、老人の見立ゆゑ、柄が不粋か存じませど。これでも吟味致したつもりと。ほほ自慢ではござりませぬ。何のこれが私どもから、差し上げるものではなし。深井様のお思召、お心置きなふお召替え。さうでなうては、私が、深井様へのお約束が立ちませぬ。さあさあ早う』と、しつけ糸、とくとく着せて見ましたい。お帯をお解き申しませう。あちらへお向きなされませ。私がお着せ申しますると。勧め上手が勧めては、否といはれぬ、今の身は。着てゐるものも、借りものを、これでよいとはいはれぬ義理。とても御恩に着るからは、他人のものより、御主のものと、思ひ定めておし戴き。着替えしところへ、計らずも、切戸口より主翁の案内『かやうな処でござりまする。ともかく一応御覧を』と。小腰を屈め、先に立ち、澄を伴ひ入来るに。今更何と障子の影、消え入りたい心をも、夫婦の手前、着飾つた、身の術なさを、会釈に紛らし出迎ふるに。さても美麗し、見違えたと見とれて、ふと心付き、たしか従兄の格なりしと、思ひ出しての答礼を。どふやら可恠《おかし》な御容子と、夫婦が粋な勘違ひ。四方山話もそこそこに。
前へ
次へ
全39ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
清水 紫琴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング