幸福をさへ犠牲《いけにえ》にすれば宜しいといふ、消極的の覚悟でありましたが、この時からは、もはやそれにて満足が出来ず、どうぞ、私の不幸はとにかく、夫の行ないをため直して、人の夫として恥しからぬ丈夫《ますらお》にならせたいといふ、一歩進んだ考へになりました。それ故たびたび、真心の諫めを尽くして見ましたが、何分夫は私よりもはるか年もたけ、私よりも万事に経験を積んでおりますものですから、私の申す事は、容易に心に止めませんで、後には何か申し出しますと、またしても賢《さか》しげに女の分際で少しの文字を鼻に掛くるかと、一口にいひ消してしまふ様になりました。これも私のまことが足らぬからの事、私にそれだけの価値《あたい》がないからの事で、あはれ私に、モニカほどの力はなくも、せめて今少し夫の敬重を惹く価値《あたい》がありますなればと、そぞろに身を悔やむ様になりました。なれども破れた布はたやすくつくろひ難く砕けた玉は元のままにはなり難い譬への様に、そこにはまた様々事情があつて、とても私の力には及ばぬ様に思ひましたし、また私が傍におりましてはよしなき、反動を夫に与へて、夫の為にも、かへつて宜しくあるまいと存
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