ましたか、ただしはかねて承知致してをりましたものか、何とも申してくれませんで、ただ心配そうに私の顔を眺め、早くハイと申し上げよといはぬばかりに、眼顔で知らせてをりました。私はかく両方から柔に剛に睨《にら》まれ、何と申して宜しきやら分らず、殊に常からあまり心易くはなき父、誠に当惑致しましたが、終《つい》に一生懸命で、震ふ唇を噛みしめて、「何分まだ勉強が足りませぬから、今少し御猶予を」と、半ばいはせず、父はピカリとしたる眼《まなこ》にて、私を睨み、「何ッ勉強が足りない? と、馬鹿な事をいふッ、普通《ひととおり》の勉強はさせたでないかッ? 何が不足? 何が気に喰はぬ? 我儘者めが」。と鋭くもいひ放ちました。母は悪いことをと申す面持にて、私を見遣りましたが、私はさる了見で申しました事ではありませぬといひ訳致さんにも、とみには口へ出ず、やうやくにして、また、「どうか私は、東京の女子師範学校へでも参りまして」といはむとせしに、これもまた半途にて父に遮られ、「何ツ、師範学校、フウン、小学校の教師になつて、それからどうするチユウんだ、一生独りで遣り通すといふ事は容易に出来るもんじやアないツテ、その、そんな、そのわけの分らない事をいはないで、いふ事を聞くが宜しいツ、今更どうなるもんか、お母《つか》さんに話してあるから、よく聞くが宜しい」ツて、ポイと立つて、どこへか行つてしまいました。あとで母はしみじみと私に申し聞かせました、「お父さんの御性分として、あの様に仰しやつては、滅多にあとへはおひきなさるまい、殊にこの度の先はよほどお父さまにもお気に召した様子、仲人もかの松村氏なり、必ず為《ため》悪《あ》しくは計らふまじ、これほどの履歴もあり、これ程までの学問もあるとの事、たやすく得られる縁談ではないほどに……そして、女子《おなご》といふものは、よい加減の時分に片付かないでは、とうとうよい先を見失つてしまふもんだから……」と、遂にはおろおろ声になつて説き諭しました。私もただ今ならば、なかなかこれらの事に得心は致しませんが、その時はほんのおぼこ娘であつて、そしてまたとても一度はどこへか遣らるものと覚悟してをりましたから、心弱くもうけひくとはなしに、うけひきました。いまさら思へば、私はなぜこの時に、も少し手強く断らなかつたかと、我ながらも不思議な様に思ひます。それから、母は、見合ひの事をいひ出し
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