まして、明後日《あさつて》都合がよくばと、先方からの申込み、善は急げだから、お前もそのつもりで、明日は髪をも結ひ、着物や襟の取合はせなども考へて、おくがよかろふと申しました。なれども、私はこの時、何と申して宜しいやら分りませぬから、ただハイと申しましたものの、その後我が部屋へ帰りまし、つくづくと考へて見ますれば、既に九分九厘まで父が極めた結婚、見合ひを致した上で、嫌と申したところがその申し条の立ツ筈もなく、ただ恥しき思ひをして、先方に顔を見らるるばかりなるは、実《まこと》にどうもつまらないと思ひましたから、わざと片意地に見合ひをする事は嫌ですと、母に申し張りました。今から思へば、これもまた馬鹿なことで、実に私の失策でした。けれども、また退いて考へますれば、私は幼《いとけな》き時から、学校の友達か、親戚の外は、滅多に人に逢つた事はござひませず、父の客などが参りました時なども、たまたま私が玄関などにうろついてをりますと、いつも母がそれお人がいらしツた、はやく陰《かく》れよ、それそちらへと、納戸へ逐ひ遣らるるが習はしとなつておりましたから、人を見る目などはなかなかもつておりませんでした。ですから、たとへこの時見合ひを致しましたところが、やはり何も私には分らなかつたので、なまじい極まらぬ前に見て、とやかくと心配致したよりも、むしろしばらくでも、嫁入りはいやとおもふ内に、もしやどういふ人かと幽かにボーツと楽しんだところもあつただけが、まだしも幸いだつたかと、せめてもの思ひ出にして、あきらめておりますのです。
それからとうとうその年の弥生、桜の咲くといふ頃に、まづまづ結婚は済ましました。けれども、なぜか私はどうしてもその夫に馴染む事が出来ず、二三ヶ月といふものは、まるで自分は、一生ここの家におるべきものか、何だか分りませんでした。夫は私を愛してくれたのでもありませうか? 時々博物場や、なんかへ、連れて行つてくれまして、何を買つてやらふ、かを買つてやろう、などと申しました事もありましたが、私はどうもものを買つて貰ふ気にはなれませんでした、それは何故かなれば、私はどうも、そこの家の人になつたのか何だか、自分にちつとも心が落着きませんからの事で、そして一所に歩行《ある》いたり、なんか致しましても少しも、楽しい事はなく、ただただ我が里におりました時の事のみを思ひ出しまして、どこへ参り
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