男の姿は見つかりませんでした。むろん、その男の投身は発狂の結果だということは後《のち》に分かったのでした」
「そういうことはよくありますね」と、僕はなんの気なしに言った。
「いや、そんなことはありません」と、船長はきっぱりと言った。「私はほかの船にそういうことがあったのを聞いたことはありますが、まだ私の船では一遍もありませんでした。さよう、私は五月だったと申しましたね。その帰りの航海で、どんなことが起こったか、あなたには想像がつきますか」
 こう僕に問いかけたが、船長は急に話を中止した。
 僕はたぶん返事をしなかったと思う。というのが、窓の鍵の金具がだんだんに動いてきたような気がしたので、じっとその方へ眼をそそいでいたからであった。僕は自分の頭にその金具の位置の標準を定めておいて、眼をはなさずに見つめていると、船長もわたしの眼の方向を見た。
「動いている」と、彼はそれを信じるように叫んだが、すぐにまた、「いや、動いてはいない」と、打ち消した。
「もし螺旋《ねじ》がゆるんでいくのならば、あしたの昼じゅうにあいてしまうでしょうが……。私はけさ力いっぱいに捻じ込んでおいたのが、今夜もそのまま
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