たさっ[#「さっ」に傍点]と吹いてきた。そのとたんに、僕は何か男の腕のような、すべすべとした、濡れて氷のように冷たい物をつかんだかと思うと、その怪物は僕の方へ猛烈な勢いで飛びかかってきた。ねばねばした、重い、濡れた泥のかたまりのような怪物は、超人のごとき力を有していたので、僕は部屋を横切ってたじたじとなると、突然に入り口の扉がさっ[#「さっ」に傍点]とあいて、その怪物は廊下へ飛び出した。
僕は恐怖心などを起こす余裕もなく、すぐに気を取り直して同じく部屋を飛び出して、無我夢中に彼を追撃したが、とても追いつくことは出来なかった。十ヤードもさきに、たしかに薄黒い影がぼんやりと火のともっている廊下に動いているのを目撃したが、その速さは、あたかも闇夜に馬車のランプの光りを受けた駿馬《しゅんめ》の影のようであった。その影は消えて、僕のからだは廊下の明かり窓の手欄《てすり》に支えられているのに気がついた時、初めて僕はぞっ[#「ぞっ」に傍点]として髪が逆立つと同時に、冷や汗が顔に流れるのを感じた。といって、僕は少しもそれを恥辱とは思わない。だれでも極度の恐怖に打たれれば、冷や汗や髪の逆立つぐらいは当
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