ばかりではありません」
「それはどうも……。いったいどうしたわけですか」
 僕は訊き返すと、船医は沈みがちに答えた。
「最近、三航海のあいだに、あの船室で寝た人たちはみんな海のなかへ落ち込んでしまったという事実があるのです」
 僕は告白するが、人間の知識というものほど恐ろしく不愉快なものはない。僕はこのなまじいな知識があったために、かれが僕をからかっているのかどうかを見きわめようと思って、じっとその顔を穴のあくほど見ていたが、船医はいかにも真面目な顔をしているので、僕は彼のその申しいでを心から感謝するとともに、自分はその特別な部屋に寝たものは誰でも海へおちるという因縁の、除外例の一人になってみるつもりであるということを船医に語ると、彼はあまり反対もしなかったが、その顔色は前よりも更に沈んでいた。そうして、今度逢うまでにもう一度、彼の申しいでをよく考えたほうがよかろうということを、暗暗裡《あんあんり》にほのめかして言った。
 それからしばらくして、僕は船医と一緒に朝飯を食いにゆくと、食卓にはあまり船客が来ていなかったので、僕はわれわれと一緒に食事をしている一、二名の高級船員が妙に沈んだ顔
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