を感じなかった僕は、よほど熟睡していたのだなと思った。
 ゆうべ僕を悩ましたような、変な湿気の臭いはしていなかったが、船室の中はやはり不愉快であった。同室の男はまだ眠っているので、ちょうど彼と顔を合わさずに済ませるにはいい機会であったと思って、すぐに着物を着かえて、甲板へ出ると、空は曇って温かく、海の上からは油のような臭いがただよってきた。僕が甲板へ出たのは七時であった。いや、あるいはもう少し遅かったかもしれない。そこで朝の空気をひとりで吸っていた船医《ドクトル》に出会った。東部アイルランド生まれの彼は、黒い髪と眼を持った、若い大胆そうな偉丈夫で、そのくせ妙に人を惹《ひ》きつけるような暢気な、健康そうな顔をしていた。
「やあ、いいお天気ですな」と、僕は口を切った。
「やあ。いいお天気でもあり、いいお天気でもなし、なんだか私には朝のような気がしませんな」
 船医は待ってましたというような顔をして、僕を見ながら言った。
「なるほど、そういえばあんまりいいお天気でもありませんな」と、僕も相槌《あいづち》を打った。
「こういうのを、わたしは黴臭《かびくさ》い天気と言っていますがね」と、船医は得
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