ニをかくところから、たかをくくって出版してしまい、ために悪運つきていっせい検挙となった次第だ。
 結末として写真に思わぬ凄味が烈々として、もりあがっているのはぶきみだが、殺人のいままさにおこなわれつつあるれっきとした証拠物など、ちょっとめずらしいものだと思ってみた。いま考えると、おれもあぶないところで命びろいをしたわけだが、いい退屈しのぎにはなった。もういちどこういう目にもあってみたいと思うが、健全な日本ではとうていおこりっこはないから、つまらぬ、つまらぬ。

 こう語り了《おわ》ったわが樹庵次郎蔵は、大きく高く両腕を天井に突き出してのびをするように立ち上ると、大ぼらでも吹いたあとのような清々した顔附で、折しも騒擾の極に達した往来へ跳び出して行った。彼は年老りの信者から一挺の太鼓を借り受け、躍り込むように行列に加わると、尺八を逆しまに持ってどんつくどんどんつく南無妙法蓮華経と歌い出し、肩を弾ませ、脚を上げ手を振り腰を揺ぶり、揺れるような人波と一緒にいつかもあん[#「もあん」に傍点]とした群集のなかに、見えずになった。私はこの飄々乎《ひょうひょうこ》たる樹庵の姿を見、持前の感傷癖から、彼
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