ぶるいするほど腹がたった。ざまあみろ、そういう手癖のわるいやつは殺されるのがあたりまえだと、はるかM橋の欄干からX街の屍体をむちうったが、こうなると、万年ペンから足がついておれが「その夜の男」にならぬともかぎらぬ。するともう、いてもたってもいられぬ気持で、足ばやに橋をわたり、もはやのんきに夜道をうろついている気分じゃない、タクシーはないかと前後をみすかすがまず絶望だ。あるけあるけと必死にあるいてゆくうちに、道がつきあたってふたまたにわかれ、右手に 〔Postes & Te'legraphes〕 と看板のかかった郵便局、左の角が三階建てのくろい事務所、つきあたりが工事中の軽便食堂らしいかまえのところへでた。この食堂の右の道をはいればもうわけなしだと、すたすた闇のなかへもぐりこんでゆくとね、うしろから、とつぜん、陰にこもった底力のあるよび声がおれの耳にひっかかった。
「おい……おい、ちょいとまちな」
憶病《おくびょう》なはなしだが、ぞオっと水をあびせられたようにうしろをふりかえると、外套も帽子もないずんぐり男が斜めにさしこむわずかな月光のなかに、両手をだらんとたらしたままじいっとこっちを
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