すぐれたロマンになるかもしれぬ、その証拠物件にはなにがいいだろう、万年ペンはどうかな、万年ペン、万年ペン、万年ペン……とぼんやりつぶやいているうちに、はっとあることに気づいて、あわてて体じゅうのポケットをさぐった。
 ない、ないんだ、おれの[#「おれの」に傍点]万年ペンが。
 おれはとんでもないしくじりをしでかしてしまった。というのは、ひと月ほどまえクリスチャンである友人の結婚記念に贈呈をうけたイニシアルJ・Jときざまれた総銀製大型の万年ペンを、問題の家におきわすれてきたことをその時はじめて気がついた。いや、おきわすれたのじゃない、それまでどこへゆくにもその万年ペンだけはしょっちゅうもちあるいていたのだが、部屋へおしこまれた時、くれくれとせがまれるのも煩さいと思ったから、相手の気づかぬうちにすばやくべつのポケットにうつしたつもりだったのが、そのぶきような動作がかえって女の注意をひいたらしく、よほどの貴重品と思いこんで故意にまといついたりして、そっとすりとってしまったのだ。場所が場所だけに、神聖な友人夫婦を冒涜したような気がし、こころからすまなく思われ、女にせんをこされたまぬけさ加減に身
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