ない。人は腹だというとばかにするが、なかなかどうして、こいつがもてあましもんなのだ。酒の気がきれるときまって左っ腹が、大腸とかいうところがしくりしくりといたみだす。で、その晩もアルコオルがきれたので、こういうことだけはパンクチェアルに、しくしく便意を催おしはじめた。便所はどこだと女にきくと、そこの階段をおりて廊下を右にいって、つきあたってから左へいったところだというややこしい返事なので、そいつを口んなかでくりかえしながら、蹠《あしうら》にひんやりするスリッパの音をぺたつかせて廊下をつたっていった。
 腹がさっぱりするまでかなりながい時間がかかった。さて部屋にかえろうと廊下をもどってゆくうちに、さっきまがった角がわからなくなってしまった。とにかくかん[#「かん」に傍点]で、さいしょの階段ににかよったところまででたが、なにぶんひろい家なので、ここだと確信はできない。酔いがさめたためにかえって勝手のわからなくなることはよくある。まごまごすればよけいまよいこんでしまいそうなので、なんとかなるだろうという気で、眼のまえの階段をあがっていった。廊下をはさんでおなじような部屋がふたつ、むかいあってな
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