らんでいる。たしか左の部屋だったと、無造作にあけようとした瞬間、その部屋のなかから、気息奄々《きそくえんえん》たる女のうめきがきこえてきたから、たまげた。

 さあ、これからがはなしだ。
 まさにあけようとしたおれの手ははっと息をころすと同時に、ドアのノブにひっついたまま動かなくなってしまった。なにか殺伐な事件がなかでおこりつつあるに相違ないと直感したのだ。もどろうか、そのまま様子をうかがっていようかと、ちょっとのま思案したが、そうこうしているうちにも苦悶の吐息は遠慮会釈もなく、おしつぶされたようにひびいてくる。おれの眼はほとんど本能的にドアの隙間に吸いついた。たてつけのわるい蝶番《ちょうつがい》のゆるんだドアのボタンが穴にきっちりはまらないで、しめたつもりでもわずかではあるがななめの隙間をつくり、そのまま動かなくなる時があるものだ。ちょうどその時がそうで、ドアとドアの接する壁との合わせ目の下方に、四五分の隙間があいている。相手がのぞかれていることをしらない場合の隙見ほどおもしろいものはない。「隙見のトム」をきどりつつ、が、その場合にかぎりおもしろいなどという余裕のある気持でなく、むし
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