人の五十格好の鳥打帽《とりうちぼう》にモジリを着た男が、素早やく私と肩を並べて恰《あたか》も私の連れの如く粧《よそお》い乍ら、ぶらりぶらりと歩調を合わせて歩き始めたからであります。私は其の男が春画売りか源氏屋に相違無い事を、屡々の経験から直《ただ》ちに覚《さと》る事が出来ました。案の定男は、相手の顔から些《いささか》の好色的な影も逃すまじとの鋭い其の癖如才無い眼付きで、先生、十七八の素人は如何です?――と切り出して参りました。矢張り源氏屋だったのであります。私とて是迄彼等の遣口《やりくち》には疑い乍らも十度に一度は※[#始め二重括弧、1−2−54]真物※[#終わり二重括弧、1−2−55]に出喰わさない事も無かろうと微《わず》かな希望を抱き、従って随分屡々其の方面の経験は有りましたが、其の範囲内では毎時《いつも》ペテンを喰わされて居ました。三十過ぎにも見える醜い女が、小皺だらけの皮膚に白粉を壁の様に塗りたくり、ばらばらの毛髪をおさげに結って飛んでもない十七八の素人[#「十七八の素人」に傍点]に成り済まし、比類稀なる素晴らしきグロテスクに流石《さすが》の私も匆々《そうそう》に煙を焚いた程の
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