を肯定せる已《のみ》で何故か其他の事情に就いては、口を緘して語らぬ。茫然自失、恐怖の表情を顔に表わし[#「恐怖の表情を顔に表わし」に傍点]多く語るを避けて居る。因に同嬢は男装癖のある変態性欲者で異性には皆目興味を持たぬと謂われて居る。不気味な事件で、裏面に男女の情痴を繞《めぐ》る複雑な事情が潜んで居るらしい。云々。
[#ここで字下げ終わり]
閣下よ、――閣下は此の二つのスクラップから不可解な謎をお感じになりませんか? 即ち、此の世に同一人物である私の妻房枝が同時に二人存在して居たと云う結論に到達しなければならないので有ります。が、果して此んな不自然に近い奇蹟が有り得るで御座いましょうか? 迷いに迷った挙句、私はハタと次の如き過去の妻に関する一小事件を追想して、哀しくも私の結論は決定的と成ったのであります。――それは、焼死した守が一歳の頃でありました。梅雨のシトシト落ちる鬱陶しい一夜、妻と家計の遣り繰りに就いて相談して居りますと、隣室に臥て居た守が空腹の為か突然眼を覚し癇高い泣き声を立てて母を呼び始めました。私は向い合った妻に乳をやれと合図をしますと、妻も肯いて立ち上ったのでありますが
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