をし、変に憐愍の眼眸を向け、ふふふふ……何を云ってるんだ、君は、昨夜の火事は十一時頃から熾え出して十二時過ぎ迄消えなかったんだぜ、君はどうかしているよ、君は、同じ奥さんが二人居るなんて、そんな馬鹿な事があるもんかい、ささ、帰り給え、行って早く始末をせにゃいかんよ、と到頭私を署外へ追い出して了ったので有ります。
 其の後の事は、多分閣下もよく御存知の事と思います。即ち其の日の朝刊は、二つの小事件を全然別個のものとして全市に報じて居たのであります。私は後々の為に其の二つの記事をスクラップして置きましたが、次に貼付して閣下の御眼に供する事に致します。
[#ここから2字下げ、38字詰め、罫囲み]
 高円寺の大火――昭和八年二月二十三日午後十一時頃、高円寺一丁目に居住する文士青地大六(30[#「30」は縦中横]歳)の外出中の借家より発火し火の手は折柄の烈風に猛威を揮って留守居たりし大六氏の内妻房枝(29[#「29」は縦中横]歳)及び一子守(2歳)は無惨にも逃げ遅れて焼死を遂げた。乳呑子を抱えた房枝さんの半焼の悶死体が鎮火後発見せられ、当の青地氏は屍体収容先三丁目大塚病院にて突然の不幸に意識が顛倒
前へ 次へ
全46ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
西尾 正 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング