如何なる錯覚を起してか、子供は兎も角妻迄が、あのおふささん迄が焼け死んだと云うのは[#「あのおふささん迄が焼け死んだと云うのは」に傍点]? 可笑しいので思わずニヤニヤし乍ら、嘘ですよ、嘘ですよ、私に女房は二人ありませんからね、何かの間違いでしょう、と言いますと、相手は私の顔を不思議想に凝乎黙って瞶めて居りましたが、多分此の頃から私を狂人扱いにしたらしいのです、――君は哀しくはないのかい、君は? 念の為にもう一度訊くが、君は高円寺一丁目の文士|青地大六《あおちだいろく》さんでしょ? ふん、ふん、そんなら焼死体は、君の家主の好意で三丁目の大塚《おおつか》外科病院に収容して有るから、早やく行って始末をして来給え、と殊勝らしく注告するのであります。私は益々可笑しくなりまして、刑事さん、私の女房は姦婦でして、昨夜或る所で男との密会最中を発見し、私が此の手で撲殺して来たのですよ、一応取調べて下さい、と云いますと、相手はぐっと乗り気に成って、一体それは何時頃か、と追及して参りました。私は大体の時間を割り出して、十一時過ぎだったと思いますよ、と答えますと、相手は一寸の間考えて居たが、急にいやァな苦笑い
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