でありまして、右手が疲れると左手に持ち直し、息の根絶えよと許りスティックの粉々に折れ尽きる迄殴り続けたので有ります。最初の裡くねくねと体を蠢《うご》めかして居た妻も、軈ては気力尽きてぐったり動かなくなったのを見済まして、私は悠然と落ちた帽子を拾い着崩れた着物の襟を合わせ、是でいいんだ、ふん、是でいいんだ、と呟き乍ら、一歩一歩念を押す気持で石段を下り、来懸る円タクを留めようと至極呑気な気持で待って居りました。

 訝《おか》しな陽気だと思って居りましたよ、旦那、やっぱり風が出て来ましたね、と云うハンドルを握った運転手の声に、それ迄ウツラウツラ居眠って居た私ははっと気付いて窓の外を眺めますと、何処を通っているのか郊外の新開地らしく看板の並んだ商店街の旗や幟がパタパタ風に翻って居りました。車が動き出すと同時に私は苦痛に近い疲労を覚え、割れる様な頭痛と絞られる様な吐気に攻め立てられ、到底眼を開けて居る事に堪えられず其の儘崩折れる様に席の上に居眠って居たのであります。そしてそう云う肉体的変調が、閣下よ、持前の肉体痙攣――あの発作の前兆だったのであります。むん、そうの様だね、と曖昧に答え又ウトウト
前へ 次へ
全46ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
西尾 正 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング