ィック》な興奮さえ予想させたので有ります。妻と其の誰とも判らぬ男は、人無き境内の御堂の傍のベンチに腰を下して、其の背後の樹立に私の潜んで居る事も知らずに、堅く手を組み合わせ肩と肩を凭《もた》れ合わせた儘、暫しは動きませんでした。高台であるが為に二人の縺《もつ》れ姿が、ぽっかりと夜空に泛び上り、其の空の下には十一時過ぎの街衢《まち》が眠た気なイリュミネエションに瞬いて居ります。余程の馴染なので有りましょうか。二人はかなり永い間沈黙を続けて居りましたが、閣下よ、最初に彼等の口から洩れた音と云うのが、何と、哀調綿々たる歔欷《すすりなき》では有りませんか?
 凝然《じっと》黙って居た二人は、同じ様に肩を顫わせてしくしくと哭《な》き始めたのであります……。
 浮気な悪戯《いたずら》と思って居た私にとって、此の事は甚だ意外でありました。はっと息を呑んで其の儘注視して居りますと、先ず泣き歇《や》んだ男が、鼻を鳴らし乍ら、泣くのよそう、ね、泣くのよそうよ、と妻の背を擦《さす》りつつ優しく劬《いた》わり始めたのであります。泣いたって仕様が無い、ね、一緒に死んだ方がいいよ、と妻の顔を覗き込んで呟きますと、
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