に前進して上野広小路《うえのひろこうじ》の角を右に曲《カーブ》して、本郷《ほんごう》方面に疾走して行きました。ははあ、天神下《てんじんした》の待合だな、――と彼等の行先をひそかに想像して居りますと、意外や自動車は運転手自身期待しなかったものか、キュキュ……っと急停車の悲鳴を挙げて、湯島天神《ゆしまてんじん》石段下で停った様でありました。私も反対側の車道で停車を命じ、席の窓から容子を窺って居りますと、二人は四辺に人無きを幸いに手に手を取って一段一段|緩然《ゆっくり》と其の石段を上って行くのであります。上の境内には待合や料理屋の如きものは在る筈はありません。偖《さて》は暖かいので散歩と洒落《しゃれ》るのか、と思いつつ、私も急ぎ車を捨てて二人が上り切った頃を見計って石段を駈け上って行きました。

 私が斯うして尾行して居る裡に、異常な快感の胸に迫るのを覚えた事を告白しなければなりません。他人の弱点を抑え雪隠詰《せっちんづ》めに追い詰めると云う事は気味の宜しい事で、殊《こと》に自分の女房が美しい女に成り済まし男との、RENDEZ−VOUS《ランデブー》 の現場を取押える事は、淫虐的《サディステ
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