柄な華奢な肢体を真黒なモジリで包み襟元から鼻の辺迄薄色のショオルで隠し灰色の軽々しいソフト帽子を眼深に冠った、一見して旧派の女形然たる千代三とは似ても似つかぬ別人物ではありませんか? そして全身から陰気な幽霊の如き妖しい魅力を漂わせて居る所は、孰方《どちら》かと云えば明朗な美男である千代三の溌剌性とは全く異った雰囲気であります。閉館《はね》時の群集の為に、動《やや》ともすれば二人の姿を見失い勝ちでありましたが、却って其の足繁き人波が屈強の隠れ蓑と成りまして、肩を並べ伏眼加減に人眼を憚りつつ足早やに歩み去る二人の跡を、或る時は走り或る時は立ち止りなどして辛うじて尾行して行く事が出来ました。二人は曙館|萬歳座《まんざいざ》の前を通って寿司屋横丁を過ぎ、田原町《たわらまち》の電車停留場迄脇眼も振らずに歩んで参りましたが、其処に客待ちして居る自動車を呼び寄て素早やく其の内に姿を隠して了いました。勿論私は、飽く迄も尾行する決心だったので、間髪を容れず同じく自動車に乗り込みあの前の自動車《くるま》を追え、と運転手に命じたのであります。先の自動車は、相当の速力で菊屋橋を過ぎ車坂《くるまざか》に現れ更
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